日本語教師になったわけ

私、大阪府在住の普通の主婦ですが、現在はカンボジアの首都プノンペンで日本語教師をやっています。日本語教師経験はほとんどなく、それなのになんだかんだで9月着任し、現在はや5ヶ月が経過。学生や教案や、その他いろんなものと「格闘」する毎日です。
もともと日本語教師になるなんて夢にも思わなかったこれまでの人生でした。好奇心が人一倍強いのでこんなことになっちゃったのかもしれません。(笑)
大学では農学(防疫遺伝学)を専攻、でもなぜか卒業後はシステムエンジニアとして就職、6年勤めた後にNZへワーホリで渡航。日本へ戻ってから結婚、契約社員、派遣社員などをしながらいろいろな業種の事務職を渡り歩いていました。「仕事」は好きなので一生続けたい、でも、システムエンジニアにしても事務員にしても、年配の女性がずっと続けられる仕事のような気がしない。何か他に一生楽しんでできる仕事はないかなーと思い始めていました。
そんなとき、ひょんなことからアメリカミネソタ州にあるアメリカの中学生・高校生向けのイマージョンキャンプのプログラムの日本人教師募集の広告を見て、もちろん「だめもと」で応募。応募動機は主に『なんか、面白そう♪』そしたら奇跡的に採用になり、2ヶ月渡米することに。日本語ネイティブスピーカーですが、「な形容詞・い形容詞って何やねん?」「て形って?」なんのこと?・・・・・毎日わけがわからない状態で過ぎていく。なんとか無事に2ヶ月は終わったものの、不完全燃焼。いろんなことが試行錯誤の結果すべて失敗に終わったような感覚に襲われ『お願い、もう一度やらせてください~』と思って翌年も応募し、再度渡米。少しずつ教えかたもうまくなって、面白さを実感していきます。

何度も長期に留守にしても快く送り出してくださる旦那様に感謝。
そうは言っても普通の主婦ですから、毎年毎年仕事を休んで(まやは辞めて)渡米するわけにもいかず、ミネソタのイマージョンキャンプを一生の仕事にすることもできず、ここでいったん断念。なんとかして大阪で日本語教師の仕事はできないものか、そのためにまずはとりあえず資格だけでもとろう、と思って独学で日本語教育能力試験を受験し、これまた奇跡的に合格。
調子にのったところで関西にある日本語学校の求人広告をチェックしはじめたけれど、ほとんどの広告には「1年以上の日本語教師経験があること」と応募条件に書いてある。。。うーむどうしたものか。。。当時、某国際援助関係の機関で派遣社員として働いていたことがあり途上国の日本語学習者と知り合う機会も増えていたので、なんとなく門戸の広そうな東南アジアで武者修行してみようかな~と東南アジア諸国の日本語教育機関の募集にこれまた「だめもと」でいくつか応募したら、またまた奇跡的にプノンペンで採用決定。そんなわけで、日本語教師の卵になりました。
プノンペンの学習者を見て感じることは、アメリカなど先進国の日本語学習者とは絶対的に学習動機が違うということ。彼らは日本語ができることで給料のよい仕事がもらえる可能性が高くなる。この国の大学生が日本語を勉強するのは、日本のアニメを日本語で理解したい!という動機とは根本的に違う、もっと経済的に切実な理由からなのです。だから「私が教えることで彼らの生活を少しでも支えることができるのかもしれない」「彼らがこの国の将来を担うかもしれない」という可能性を感じつつ(もちろん失望もしつつ)毎日授業をしています。
専門的な知識など何もない、ただの日本語ネイティブスピーカーにすぎないけれど、不幸な歴史を持つこの国の将来を背負う若者と一緒に日々勉強させてもらっているところです。

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なるほど!
こういう流れか!
分かりやすい!
節目節目に出会えてる気がして嬉しいわ。
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Author:tomtomtomtoma
カンボジアで武者修行!

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